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フェンローにて


 オランダに入国しました。
 最初に立ち寄ったのはドイツとの国境付近にあるフェンローという小さな町です。南アフリカW杯で大活躍した本田圭佑選手は、オランダ時代にこの町のVVV Venloというクラブチームに所属していました。
 本田選手はVenlo時代、日本人であるにも関わらずキャプテンを務め、一度は2部リーグに落ちたチームを引っ張り1部に昇格させるなど、もはやこの町では英雄的存在になっている、らしいとNHKの特集番組で知りました。
 番組の内容の真偽はさておき、ここで本田選手の足跡を何か感じ取れたらなぁ、というのがわざわざ隣国ドイツのデュッセルドルフに降りてフェンローに寄る理由なのです。

 

 オランダは自転車天国といいますが、まさにその通りで、かなりの多くの人が自転車を漕ぎ、至る所に自転車専用道路があったります。僕も駅前でレンタルサイクルを借りてみました(7.5ユーロ/日。ただし最初に100ユーロを預ける必要があります)。
 

 自転車から降りてオブジェと一緒の写真を撮ろうとしたら、どこからともなくがたいの良いお兄さんがやってきて「俺をとれ」とポーズを取ってくれました。
 そういえばオランダ人男性は、頭を丸めている人の割合が多いです。代表チームのスナイデルとかロッペンとか見てもそうですが、本当に多いのです。
 

 オランダにはVVV(フェーフェーフェー、と読むらしい)という施設があって、いわゆる観光案内所のことらしいです。なのでここの施設はフェンロー観光案内所、ということになるのですが、本田選手が在籍したVVV Venloとの関係はよく分かりません。とりあえずこっちのVVVの人から、市庁舎やスタジアムの場所を聞き出しました。
 

 ここがフェンローの市庁舎と広場。
 VVV Venloが優勝して1部リーグに昇格した際に、優勝パレードでこの広場に街中の人が集まり広場を埋め尽くした映像をテレビで見ました。本田選手がトロフィーを大きく掲げ、市民が「ケシュケー・オンダ!」と連呼したあの映像は、この広場で行われたのだなぁ、と。
 

 ここで昼食。
 オランダは物価が高いので、適当なもので済ませます。
 スタンドバーで買った2ユーロもしないフィッシュバーガー。
 しかも生魚。
 フライとかしてないんです。
 なんかアジみたいな味がしました。
 うん、アジの頭と背骨を取ってパンに挟んだら、きっとこんな味なんだと思う。
 

 さて、VVV Venloのスタジアムへ。
 自転車で駅から10分は掛かるか掛からないかの距離です。
 

 クラブハウス前にあるモニュメント。
 

 ここがVVV Venloのスタンドとピッチ。
 結構狭い。あれれ、という感じです。
 本田選手がCSKAモスクワに渡った時の移籍金8億円も充当して、新スタジアム建設を進めている、とNHKが言ってました。そんなこともあって本田選手はこの町の英雄なんだとか。
 

 クラブハウスのラウンジ前に行くと、20人くらいの市民が並んでいました。
 少なくともゲームが開かれる季節じゃないんだけど、行列を見たらとりあえず並ばずにはいられない性分なわけではないですが、まだまだ時間はあるし自分も並んでみることにしました。
 


 並んでまもなくラウンジのドアが開き、行列客が一気に進入します。
 そして僕も。
 中は VVV Venloの選手が着古したユニフォーム、ジャージやソックス、バック等をファンに放出するバザーだったようです。


 適当にぶらぶらしていると、日本代表のユニフォームを、それも本田選手の名前と背番号18がついたユニフォームを来ている白人の少年を見かけました。
 僕ら日本人だけでなく、この少年にとっても本田選手は英雄だったんだなぁ、と思いました。(感動して手ブレ写真になってしまいました)
 
 さらにバザー会場をぶらぶらして、自分もお土産代わりに何か買おうと物色を始めました。本田選手がモスクワに移籍したのは半年以上前だしさすがにないだろうなぁ、そもそも俺、VVV Venlo時代の背番号を知らないし、なんて思いながら適当に漁っていると、クラブハウスのおばさんが適当にユニフォームをつまみながら
「誰のを探しているの?」と聞いてきました。
「本田のはない?」と俺。
「さすがにないわねぇ(笑)。でもヨシダのはあるかもよ」(吉田選手は現在在籍している日本人DF)
「だよねぇ、じゃ吉田選手のにしようかな(何番だっけ?)」
なんて会話しなが探していたら隣のオジサンが
「これ10番、ホンダのだよ。タグは剥がされているけどな」
と言って、見つけてくれました。
「あら、あなたラッキーボーイだわね!!モスクワに行ってサインをもらってきなさいよ」
「本当に!? 本田が来てたヤツなの?? これいいの!!!????ベリーベリーサンキュー!!」
 


 確か8ユーロと言われたような気がするんですが、別の係の人に10ユーロ札を渡したら「10ユーロ」と書かれた付箋紙が渡されてお釣りが返ってこなかったことから、そういう気持ちの部分を多めに支払うチャリティー的な性格を持ったバザーだったようです。
 これが本当に本田選手本人が来てたユニフォームなのかどうか分かりませんが、あの少年やあのクラブハウスのおばさんに出会ったお陰で、フェンローという町を一生思い出させてくれる大事なアイテムになりました。
 
 この後はユトレヒトに1時間ほど寄って、その後はアムステルダムにたどり着きました。ユトレヒトはあまり思い出に残る出来事も写真もないので割愛します。明日はアムステルダムのレポートです。

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